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最終更新:2024年4月30日


スクリーンショット

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公式のスクリーンショットを見てみよう

まずはこちらをご覧いただきましょう。「A列車で行こう9」の製品情報やゲームニュースで使われた公式のスクリーンショットから、実際の景色の写真を探してみました。「よく『再現』されている」とお感じになるでしょうか。それとも「それほどではない」とお思いになるでしょうか。いろいろな感想があると思います。「そもそも『再現』だけが「表現」なのではない」という言い方もできます。

公式のスクリーンショットは、ひと目でそれとわかる、みんなが知っていそうなものを見せることが目的です。知っているものには親近感がわき、見知らぬメーカーの聞いたこともないゲームソフトへの抵抗感を和らげる効果があります。その役割は公式のスクリーンショットがじゅうぶんに担っているので、わたしたちはメーカーの真似ではなく、じぶんの思うように情景を表現し、ほかでもないじぶんが満足できて堪能できる(「いつまでも眺めていたい」)スクリーンショットを1枚でも多く撮りたいものです。

製品自体には作品性があまりなく(ボードゲームの盤と駒に相当する)遊びの枠組みを提供するタイプの「A列車で行こう9」のようなゲームソフトに限定せず文学や芸術の領域を見渡しますと、表現(創作)の活動(作品の構想・制作)には「モデル」と「モチーフ」という考え方があります。「モチーフ」という言葉を無意識のうちに「ハンカチーフ」と混同して即物的にとらえてしまう残念な人もいますが、「対象」や「動機」という抽象的な概念を理解しましょう。

「A列車で行こう9」の界隈には『再現』が『完全』でなければ意味がない(「駄作」だ)と断じてしまう偏屈な人もいます。「このマップのモデルはこれだ」と、1つのマップにつき1つの「モデル」を『特定』しないと気が済まない人もいます。小学生や中学生ならしかたのない面もありますが、高校生にもなればそれなりに本格的な芸術科目も履修していくので、もっと深い考え方を理解していけるはずです。(高校生なら理解が可能だという前提で相応の難しさの芸術科目が用意されているのです。)

ぜひ「モチーフ」という考え方を理解して、作品(ここではスクリーンショット)の「モチーフ」(作者の動機)をああでもないこうでもないと探りながら鑑賞する楽しみを知ってください。ああでもないこうでもないと迷わせるような仕掛けを仕込むのが表現(創作)という活動ではありませんか。

日本語の「動機」という言葉は画数が多いので高尚そうなイメージがつきものですが、実にどうでもいい(鉄道ともゲームともまったく関係のない)「ラーメンくいてぇ」という『動機』によって「A列車で行こう9」には「らーめん舞花」という看板を掲げた「町屋風の外観で駐車場のほうが広い」(※「プロフェッショナル公式ガイドブック」118ページ)「ラーメン屋」が登場しているのかも、しれませんよ?

※かつてアートディンクが本社を構えていた稲毛海岸はニュータウンな住宅街海浜幕張はグローバルなビジネス街で、ラーメン事情(etc.)は芳しくなかったはず。船橋日大前とはいいませんが習志野の学生街の昔ながらのラーメンが無性に恋しい。そんな感じだと思います。…船橋日大前とはいいませんが! どうにもこうにも「京葉線」という単語「ラーメン」という単語は結びつきません。ちなみに京葉線で千葉大に行くのは難しいです。

パッケージは実写

なんと「A列車で行こう9」「A列車で行こうExp.」のパッケージ(おもて面)にはゲーム画面のスクリーンショットが使われていません。下着のモデルに外国人を起用するかのようにWindows版では外国の写真が使われ、ゲームの内容と一致していませんでした。あろうことかPS4版では線路すら写っていない写真(浜松町駅の方向ではある)が使われています。

※公式ガイドブックの表紙とダウンロード販売の「車両キット」の商品画像としてはゲーム画面が使われています。もちろん、パッケージの裏面には「商品化許諾済」の表示とともに、実在する車両のゲーム画面でのグラフィックが使用されています。

カメラは先頭車両のヘッドマークに向けるものという思い込みがあるSLブーム世代の盲点でしょうか、「スクリーンショットには必ず車両を入れる」という一種の強迫観念がメーカーにはあるのかもしれません。車両を入れないスクリーンショットをパッケージのおもて面に使えばよいのに、そういう考えはないようです。ゲーム「A列車で行こう」シリーズの主役は「線路」です。何はともあれ「線路」を敷いてから「どんな列車を走らせようかな」とわくわくするゲームなのです。ならばパッケージにはずどん「線路」だけを大きく描けばよいと思えませんか。

※「A列車で行こう」シリーズを『(市長による)街づくりゲーム』『都市の景観(スカイライン)を愛でるゲーム』『ブロックのようなパーツを組み立ててロールプレイの舞台をつくるソフト』の「類似品」「互換品」「国産バージョン」と認識する人も多いでしょうが、いまここで意味深に太字で暗に示した通り、それらは別のゲームソフトのテーマや守備範囲です。このあたりのゲームは1作1作が1つのジャンルを形成しているといっても過言ではなく、無理やり1つのジャンルに束ねようとするのは各作品の独自性を無視した乱暴なことだと言わざるを得ません。「A列車で行こう9」は「都市開発鉄道シミュレーション」という『ジャンル』を自称しているので他社の作品との違いがわかりにくいですが、これまた意味深に太字で暗に示した通り、「鉄道」こそが他社の作品との違いです。その「鉄道」のイメージをパッケージの中心に据えないのは、本来ありえないことです。「A列車で行こう」シリーズの発展の過程で、前作に対する変更点(新登場のゲーム要素)を強調するビジュアルがパッケージに使われてきました。例えば「A列車で行こう4」のパッケージのビジュアルは、前作の「A列車で行こう3」ではできなかった高架線と地下鉄ができるようになったことを強調するものでした。そこまではよいのですが、いつの間にか超高層ビルばかりが強調されるビジュアルになってしまったのです。「A列車で行こう」というタイトルの「列車」という言葉と「都市開発鉄道シミュレーション」の中にある「鉄道」という言葉で、本作のテーマは説明済みだといわんばかり。どうして文字で説明する内容とビジュアルで提示する内容を一致させようという考えに至らないのでしょうか。

「A列車で行こう9」のようにプレー時間が長いゲームではプレーヤーが疲れにくいゲーム画面にする必要があり、ゲーム画面をそのままパッケージに使用してもパッとしないという事情はあります。他社のゲームソフトでは、ゲーム画面に使用した3Dモデルを外部の3Dソフトにエクスポートして、実際のゲーム画面よりも高品位なレンダリングを行なったり、ゲーム内にはないアングルやパースをつけて迫力を誇張したりした画像を使用しているものもたくさんあります。「A列車で行こう9」はともかく、PS4版「A列車で行こうExp.」では、他社のPS4ソフトのパッケージに見劣りしない工夫を凝らしてほしいものです。

※【17歳以上対象】ジャンルもレーティングも異なるけれどこういうのがイメージでした。同梱のブックレット(の表紙)も超絶かっこいい。「序盤」というマイルドすぎる意訳とはうらはらに「DAY1」を生き延びれるかどうかというほどハードなゲームなのね。(※個人の感想です。)
PS4のパッケージは必ず青い真っ白にしたい場合は外箱に入れる。個人的な好みをいえば、ニュース番組のよう「時計」をイメージした同心円状のデザインやロゴに、鉄道の運行管理システムを連想させる「ネットワーク」「コンピューター」の抽象的なイメージをレインボーでオーガニックな感じでオーバーレイしたようなビジュアル(ちょっとだけ和風)がよい。…ニュース番組のように!

パッケージを見てもゲームの内容がわからない

せっかく「A列車で行こう9」「A列車で行こうExp.」というゲームソフトが目に留まっても、ほとんどの人は商品画像、つまりパッケージのおもて面しか見ません。そのパッケージがゲームの内容と一致していない実写の写真であることが、どのような印象を生むでしょうか。

  1. 『自信がなさそう』:ゲームのグラフィックに自信がなく、取り繕っているという印象(不誠実という印象)
  2. 『よくわからない』:ゲームのテーマやアピールポイントをメーカー自身がわかっていないのではないかという印象(未熟という印象)
  3. 『ばかにしている』:ゲームの内容はどうでもよく、売ってやるんだから黙って買えと言われているような印象(横柄という印象)

パッケージのおもて面を「主張しない」ものにしたメーカーとしては『謙虚』なつもりかもしれませんが、実際には真逆の印象を生んでいるおそれがあることを指摘しないわけにはいきません。

メーカーとしては、ゲーム画面ではなく実写の写真を使用することで、写真の印象を製品の印象に転化させたいのでしょうが、そのようにしようとする姿勢をこそ、消費者は見ているもの。実写の写真に頼らずともきちんと魅力のあるゲームであることをシリーズのファンなら誰もが百も承知です。ここから『自信がなさそう』という印象につながってしまうのです。従来からのファンは黙って買いますが、他の人に薦めようという気が起きません。こんな『自信がなさそう』なものを薦めると、自分までそういう印象になってしまいそうだから嫌なのです。

本作をまだ知らない人にとっては、そもそもどんなゲームなのかがわからなければ、印象の転化も起きようがありません内容が価格に見合っているのかということも含め『よくわからない』という印象だけで素通りされてしまいます。そして、「A列車で行こう9」「A列車で行こうExp.」はどのようなゲームなのかという「コンセプト」と「ブランド」に直結する「パッケージデザイン」がおろそかにされているのでは『ばかにしている』という印象にしかなりません

これは作り手の色覚特性に由来するのかもしれませんが、漫然と青系の色にしたり、安易にモノクロの写真を使ったりすることが、『自信がなさそう』という印象をさらに強めてしまっています。青系の色は嫌われないとはいいますが、まさに嫌われないだけで、好かれる要素はないわけです。タイトルのロゴに至っては「A」の字だけを赤く「9」「Exp.」の字だけを青くするという幼稚園児に好きな色を好き勝手に選ばせたような非常に奇抜な色づかいで、一般向けの製品で採用すべきデザインではない、端的にいえば『ばかにしている』という印象になるものです。されどパッケージ。急に大きく変わるのも印象が悪い(一貫性がないと信用を得られない)ので今作はいまさらどうにもならないでしょうが、前作にとらわれずゼロベースでの検討が行なえる『次回作』には期待したいものです。

※「A列車で行こう5」では「A5」というロゴは黒、タイトルの表記は「A」が赤で「5」が薄いグレーでした。「A列車で行こう6」では「A6」というロゴの「A」は赤地に白抜きで「6」が白地に青。遡ってPS版「A列車で行こう4」ではローマ数字を使った「A IV」の立体的なロゴに、なんと赤と黒のグラデーションが使われていました。あまりにもデザイン上の禁じ手のオンパレードで目を疑いますが、色覚特性に由来するのだとすればわからなくもないわけです。色彩を体系的に考える枠組みを持たないので、なかば口から出まかせのように色名を言うしかないといった感じに見受けられます。作り手の色覚特性を知らないままデザインだけを見て批評していてはいけない時代を、そろそろ迎えるのではないかと予感しています。

「ARTDINK」のロゴが、このロゴを制定した当時の流行色のエメラルドグリーン。これまた「なんでもいいよ」「いまの流行色は何?」「それでいいよ」くらいのやりとりだけで決まっていそうでゾッとします。そんな決め方ではあったとしても、すでにアートディンクといえばエメラルドグリーンというイメージは定着しているわけです。そのアートディンクの「代表作」であるなら、「A列車で行こう」のイメージもエメラルドグリーンと白で構成すればよいのでは。白という色は色にあらずという強迫観念何がなんでもエメラルドグリーンとは別の色を持ってこないといけないという強迫観念があるのなら、それは明確に誤りであると指摘しておきたいと思います。

車両なしで情景を表現しきろう

車両あってこその「A列車で行こう9」なのはもちろんですが、情景づくりでは車両の魅力に頼らず、車両以外のオブジェクトだけで魅力ある情景(景色)を表現しきろう。工学的にいえば、製品の設計や品質管理における「モジュール化」の考え方と似ています。漠然としたイメージだけで「なんとなく」つくってしまうのは厳禁。1つ1つの「モジュール」単位で、しっかりつくりこみましょう。

鉄道模型のレイアウト(ジオラマ)制作でも、走らせる車両をある程度は考慮しますが、あまりにも特定の車両にしかマッチしない情景をつくってしまうのも考えもの。鉄道模型の車両を走らせるのは清掃などの手間がかかる面倒なことですが、車両を走らせていない時にも魅力のある景色が広がっていれば、車両を走らせたいという気持ちが上回ってくることでしょう。

  1. 写真スクリーンショット
  2. 写真スクリーンショット
  3. 写真スクリーンショット
  4. 写真スクリーンショット
  5. 写真スクリーンショット
  6. 写真スクリーンショット

実際の景色から印象を切り取ろう

「A列車で行こう9」を始めたはいいが何もできない人が、捨て台詞のように「こんなゲームは『想像力がたくましい』やつにしかできない」と言い募ります。いいえ。本作を他人に頼らず自力で遊べている人は、いたってふつうの社会人の情報検索スキルを持っているだけです。これは勉強すれば獲得できるもの。「A列車で行こう9」でいろいろなものをつくれる人を生まれつきの夢想家や変人のようにいうのはやめましょう。(自称するのも不適切です。)社会人になると「知らなかった」という言い訳は通用しません。いわゆる情報教育を受けていない世代の「知らなくて当然」といわんばかりの他人任せな開き直りは、下の世代から見てたいへん見苦しいものです。

Google画像検索は、キーワードを入力して画像を探したり、指定した画像をもとに類似の画像や関連する画像を探したりすることができる強力なツールです。最初はなんでもいいので漠然とした検索を行ない、検索結果の中から具体的なキーワードを1つでも多く獲得し、こんどはそのキーワードを使って検索していきます。これを繰り返すことで、最初には思いもよらなかった画像をどんどん見つけていくことができます。昨今は対話型AIの話題で持ちきりですが、まずじぶんが対話型AIになったつもりで、じぶんの興味とは関係なく機械的に情報を見つけ出すことができるようになりましょう。

ここでは、JR東日本の運行情報のページにある「いわゆる5方面」と「山手線」を例に、方面ごとに18点の画像を見つけるまで検索を継続しました。画像は、なるべく被写体やテーマが異なるものを選びます。似たものだけを集めて「はい終了」というわけではありません。じぶんがよく知っているもの(筆者の場合は「総武方面」と「山手線」)についてはあっという間にたくさんの画像が見つかります。その数(ここでは18点)に合わせて、ほかの方面についても状況検索を続けます。このようにすれば、じぶんがよく知らないものについても見落としを減らせます。

ほかの人にも同じ作業をしてもらって、結果を見比べるとおもしろいでしょう。4月のオリエンテーションで自己紹介を兼ねたグループワークにしてもよいでしょう。この例では、情報検索に要した期間は2日でした。ふだん、8秒で完了する情報検索しかしていない人には、2日かかる情報検索も面倒がらずに取り組んでほしいと思います。Google画像検索を使って見つけることのできる画像を参考に「A列車で行こう9」の中で何をつくっても、それはすべてふつうのゲームの楽しみ方の枠に収まるもので、決して特別なことではありません。何かをつくった人をおおげさにほめちぎることは、鉄道会社やゲーム会社を無下にする(相手を尊重しない・存在を認めない)非常に失礼な態度にも見えてしまいかねません。

「A列車で行こう9」に関する批評のしかたが定型化されていない(何をどう述べればよいのかというコンセンサスができていない)のも一因とは思います。「A列車で行こう9」を使って何かをつくった人を外部目線で一方的にほめる(『天才』ましてや『神』などと形容する=「じぶんらとは違う」ということを強調する)のでなく、つくった人との連帯感や共感を表明するとよいのではないでしょうか。ゲームのニュースやレビューだけれど、筆者個人の「山手線」に関する思い入れをとうとうと語り、まったく関係ないが好きな食べ物好きな飛行機を挙げ、最後は「あらためて山手線に乗りたくなった」といった定型的な結びにするというのも手だと思います。定型的な表現とは、よく考えてつくるものです。自然に発生するものではありません。なお、鉄道模型には魚やザリガニを飼いながらドイツ発祥の精巧なNゲージを愛でる(水槽と机と模型ありきの)流派とアメリカンなライフスタイルの一貫としてザリガニや犬を飼いながら自動車・航空機・機関車を愛でる中でHOゲージや庭園鉄道などに凝る(庭付き一戸建てありきの)流派とがあり、あまり互いの交流はないと思います。TOMIXとKATOの毛色の違いも、これに準じます。軌間が独特な京王線の沿線ではNゲージが売れにくいのかもしれないという仮説についての記事もお読みください。いずれにしてもザリガニは飼うんですね、わかります。

東海道方面東北・高崎方面中央方面常磐方面総武方面山手線

※写真の著作権はリンク先に帰属します。また、ゲーム画面の著作権は株式会社アートディンクに帰属します。「縦横比を気にしない人達」についての記事もお読みください。

こちらもお読みください


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(このサイトの初版公開:2018年8月1日、地域の土地利用の初出:2018年9月28日、地形が気に入らないときはの初出:2019年7月1日、駅名のつけ方の初出:2020年2月10日)


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