まだ見ぬ「A列車で行こう10」を求める3つの方法
「まだ見ぬ「A列車で行こう10」を求める3つの方法」とは、色彩の追求(色の専門家による独立したチェック体制)、客観性の追求(外的基準による車両収録)、網羅性の追求(いわゆる「チェーホフの銃」)という3つの方法により、「まだ見ぬ」つまり誰も見たことのない斬新さや意外さと誰もが納得するバランスを両立させようという考え方です。逆に言えば、「A列車で行こう9」に斬新さや意外さがないのは、色彩の追求(色の専門家による独立したチェック体制)、客観性の追求(外的基準による車両収録)、網羅性の追求(いわゆる「チェーホフの銃」)という3つの方法が無視されているからです。製品開発にはトレードオフがつきものとはいえ、色彩の追求(色の専門家による独立したチェック体制)、客観性の追求(外的基準による車両収録)、網羅性の追求(いわゆる「チェーホフの銃」)という3つの方法への目配りを欠いたままむやみに斬新さや意外さを持たせようとすると、奇抜すぎたり内輪受け(動画やSNSの「映え」)しかしないものにしかなりようがありません。なお、「A列車で行こう10」という呼称はメーカー自身が2010年の「A列車で行こう9」の発売時に同梱の「ログイン特別編集版」の漫画の中で言及していたもので、「公式ガイドブック」の筆者であり修士号を持つ杉山淳一氏が2018年のマイナビニュースでも明言している『もっと斬新』な次回作を指す呼び方です。
- 杉山淳一「『A列車で行こう10』はもっと斬新ですよ」(2018年9月12日):
筆者も協力している鉄道会社経営、都市開発シミュレーションゲーム『A列車で行こう9』のシリーズ最新作『Version5.0 ファイナル』が発売された。『A列車で行こう9』は2010年の発売後、8年間にわたりバージョンアップ版を提供してきた。本作はその集大成であり、サブタイトルに「ファイナル」とあるように最後の大型バージョンアップだ。/『A列車で行こう9』はシミュレーションではなく、あくまでも「ゲーム」であった。本作では多くのプレイヤーにとって長年の悲願だった「機回し(機関車付け替え)」に加え、「転車台による蒸気機関車の向き変更」、行先の異なる列車の「分割併合」が搭載された。これは画期的なバージョンアップだ。『A列車で行こう10』としてもいい。しかし、アートディンクは新規タイトルとしなかった。そこには「『A列車で行こう10』はもっと斬新ですよ」というメッセージが込められているのかもしれない。/公式SNSでは「『A列車で行こう9』としては最後のバージョンアップソフトなので、しばらくはこちらでお楽しみいただけたらと思います」と意味深なメッセージも発信されている。「しはらく」とはどのくらいの期間だろう。これまでのバージョンアップはだいたい2~3年かかっている。本作を遊び倒しつつ、『A列車で行こう10』を期待しよう。
これを否定する公式見解が存在しない以上、現在も引き続き有効な考え方と捉えることができます。そのため、ここでは「まだ見ぬ」という高い理想を掲げることがメーカーの考えにも合致すると考えます。『もっと斬新』を言葉だけで終わらせず、メーカーに任せきりでなくユーザーの立場からも具体的に考えてみましょう。
- 色彩の追求:医学的かつ教育的見地から「A9」の色彩に関する問題を解消することが必要。⇒ 色彩設計をプロに任せよ
- 客観性の追求:客観的基準により過去の名車を遡及収録することが必要。⇒ バランス感覚を持て
- 網羅性の追求:すべてのカテゴリーに目を配る『真の八方美人』になることが必要。⇒ 鉄道に視点を置け
ここに挙げた3つの方法を無視しても「A列車で行こう10」はできるでしょうが、それでは「まだ見ぬ」ものにはできないでしょう。斬新さのない「A列車で行こう10」を、あなたは「A列車で行こう10」と認めますか。そもそもあなたは何を望みますか。「斬新さ」とは「斬新な最新車両の収録」では達成できない要件です。いくら実在車両の「斬新さ」を借りてきても、ゲーム自体の「斬新さ」にはなりません。「デジタルサイネージビル」や「緑化ビル」など「最新の斬新な建物の追加」でもありません。「斬新さ」とは「最新」という意味ではありません。「最新」ではなくても見落とされてきたものを新たに鮮やかに実装すれば、それが「斬新さ」となるのです。だからといって「古いものに脚光」という「レトロ」を追求せよという意味でもありません。「転車台と扇形機関庫」など誰が喜ぶでしょうか。これらの「問題」が「A列車で行こう9」のうちに「解消」できていないまま「A列車で行こう10」に着手してしまうと船頭多くして船山に上る「工数多くして代わり映えせず」という状態にまっしぐらです。そんな無意味な開発が行なわれると、そのツケは客が払うことになるのです。まったくもって他人事ではありません。雪だるま式に肥大化させるのでなく削る部分があってよいのです。習志野駅は船橋市にあるA9V1からそのままのマップやテンプレートなどは、その最たるものです。
色彩設計をプロに任せよ
現行の「A列車で行こう9」は美術のプロの手による色彩設計や色の監修をまったく受けていないと見受けられます。モデルに忠実な色にするにしてもドラマチックな色彩で演出するにしても、作品全体を通しての色彩設計が必要です。なお、色彩設計や色の監修は存在して当然の工程であり「ぜいたくなオプション」ではありません。「色彩の追求」とはプロとして当然の体制で臨めという意味であり「極限まで」というニュアンスはありません。「色彩の追求」は取り組みの姿勢を問いただすものであり「カラーバリエーションの充実」や「自由なカラー設定機能」といった具体的な項目の要求ではありません。特に「自由なカラー設定機能」はユーザーの色覚特性を暴く恐れが高く不適切です。詳しくは「色がおかしい(「色名の暗記」と「中学校の美術」についての問題提起)」「カラーバリエーション(ゲーム内での「実用性」)」「バスばすバスばす(「望ましいカラー」の定義)」をお読みください。これらは「カラーユニバーサルデザイン(CUD)」に関する要望ではなく、現実の鉄道に実在する「色覚」という「バリア」を曖昧にせず「ありのまま」に表現する中立さが求められます。「デザイナー」という職種の人間を開発チームに抱えていればよしとするのでなく第三者である外部の専門会社への発注が不可欠です。そのコスト増をユーザーはきっと認めるでしょう。
バランス感覚を持て
1日に6923万人が利用するニッポンの鉄道。鉄道は趣味人だけのものではなく公共性が高い存在です。鉄道車両の中には地域のシンボルになっている名車もたくさんあります。「A列車で行こう」というゲームが多くの人から支持されるには、地域性と時代に最大限の目配りをした車両のラインアップにすることが欠かせません。優れた鉄道車両に与えられる賞など、既に確立された評価を無視してはなりません。授賞の対象にならない一般的な車両についても合理的で一貫した基準のもとでラインアップを決めることが望まれます。鉄道は一朝一夕にできているものではありません。目先の新製品が注目されるようにと焦るあまり奇をてらうのでなく、常識的な判断を積み重ねることが第一です。詳しくは「車両の選び方(カタログの作り方)」「地下鉄」をお読みください。例えば、「A列車で行こう9」(PS4「A列車で行こうExp.」)において車両の「最大乗車率」と「運賃収入」を決定する「列車タイプ」には「急行列車」というカテゴリーが用意されているにもかかわらず「急行列車」には十分な種類の車両が収録されておらず、「急行列車」に入れるべき京王のライナー車両が「高速通勤型」に入っているといった不備も見られます。「急行列車」というカテゴリー名もいけないのかもしれませんが、国鉄の「急行形」という意味にとらわれず京急2100形を「急行列車」として入れるという判断も可能でしょう。それ以前の問題として、京急の車両を収録していながら2100形は収録していないというバランスの悪さは看過できません。単に京急2100形が収録されていないということでは済まず、京急という会社とその利用者やファンに対して、最も人気のある車両をわざと収録しないという意地悪をしているという印象が生じてしまいます。もしも京急2100形を「急行列車」に入れてよいか迷ったまま時間切れという理由しかなく収録されていないのであれば泣くに泣けませんし笑い話にすらなりません。「客観性の追求」とは、メーカーがどう作ったかではなくユーザーにどう見えるかということです。
鉄道に視点を置け
鉄道という情景を構成する要素は多岐にわたります。単に車両がリアルなだけでは不十分で、周辺の情景もリアルに見えることが要求されます。ただ、都市そのものをテーマにした他社の作品とは違い、本作のテーマはあくまで鉄道です。本作ではあくまで視点を鉄道に置き、駅や線路の周辺を特に詳細に描くことが効果的でしょう。「A列車で行こう9」の「建物キット」のように建物の種類をむやみに増やしたり鉄道と無関係なアイテムを無駄に充実させるのでなく、線路沿いの柵や雑草、線路そのもの、架線柱の種類、橋りょうの種類や色にバリエーションを持たせることが望まれます。雨量や風速についても、単なる情景ではなく鉄道の運行に影響を与えるパラメータとしてゲームのダイナミズムに組み込まれてほしいものです。現行の「A列車で行こう9」およびPS4版「A列車で行こうExp.」のキービジュアル(パッケージのおもて面)に日本の鉄道がまったく描かれていないのには開いた口が塞がりません。詳しくは「要望16」「列車24」「線路24」「土木24」「信号24」「ゲオ24」「植生24」「サウンド24」「カテゴリー24」「信号機」をお読みください。「網羅性の追求」とは「建物など収録アイテムの種類を増やす」という意味ではありません。静止した絵を観賞するのではなく動きがあるゲームという表現の形態であること、対応するプラットフォームのスペックや価格帯(客層)に照らせば、「鉄道の情景」に特化して取り組まれる「網羅性の追求」には明確なゴールがあります。「追求」という単語を勝手に「終わりなき追求」という常套句に置き換えて理解してはいけません。作品の全域で一律に高解像度な表現とする必要はありません。遠景となるビルなどの解像度は据え置き、車窓やホームからの視界に入る「近く」の「細かい」オブジェクトを特別に手厚く高解像度で鮮明に描くことが求められます。ゲーム全体のスケール感(デフォルメ)や仕様(ゲーム内の曲線半径)に照らせば、「曲線標」は省略すべきと判断できます。線路沿いにあるものを「完全に再現」せよということではありません。「勾配標」についても、勾配が1種類しかない仕様に照らせば、数字をぼかしたオブジェクトで十分と考えられます。なお、「曲線標」などの線路際の標識についてはA9V4に対応する「公式マスターズガイド」で詳しく解説されていますが、実物の知識だけでなくゲームでの実装につなげるには能動的で責任ある判断が必要です。ユーザーは最も詳細かつ納得感のある細部の表現に着目し、そこを起点にゲーム全体の品質を見定めようとします。「鉄道の情景」が「網羅性」を欠いていれば「ちぐはぐ」という印象に変わってしまい、最初に得た納得感すらも失ってしまいます。